「君はもう俺のこと、嫌いになったのか?」
「まだ好きよ。でも竹史さんなら、どんな若くて綺麗な女の人だって、ものにできるわ。私なんかじゃなく」
「何故そんなふうに言う? 君がいいと俺は言ってるんだ。この十年、君が去ってからの十年というもの、俺は君のことを忘れたことなんてなかった」
「嘘よ。じゃあどうして手紙ひとつ、連絡ひとつくれなかったの?」
吉敷は言葉に詰まった。
「それは……つまり……」
「仕事が忙しかった、そうよね。忙しくて、仕事が面白かったのよ。そうでしょう? だから私のことを、忘れてた」
一言もなかった。まったくその通りだったからだ。なるほど彼女の心配する通り、妻がまた帰ってきても、俺はやっぱり仕事に熱中して家に帰らず、相変わらず通子を一人で放っておくに違いない。だが、今でも通子は一人ではないのか。どっちみち同じではないのか。違うのだろうか。
「悪かった。これまで連絡しなかったことは謝る。だが君を想う気持ちに変わりはない。それは本当なんだ」
≪羽衣伝説の記憶≫より
本棚整理中、久し振りに手に取った≪
吉敷竹史シリーズ(12) 羽衣伝説の記憶≫をパラパラと斜め読み。
……はっは~ん(笑)。
そういやこんなシーンあったなと。
ええええ、竹史さんが“通子”のことを出逢った時からずっとずっと真剣に愛し続けていたことは厭と言う程承知しておりますとも。
でも“連絡しなかった”。“仕事が忙しくて、面白くて”。……ふむ。
竹史と通子とでは、それはもう圧倒的に“竹史の方が通子のことを切実に強く求めている”。
恐らくは、御手洗と石岡君の場合もまた“御手洗の方が石岡君のことを切実に強く求めている”のだろう。
でも、忘れちゃえるのだ。殺人事件に関わっている最中は。仕事に生き甲斐を感じている彼等には。
だからと言って、決して仕事より相手を軽んじているわけじゃない。愛していたって離れて暮らすことは出来るのだ。
いや実際、人間なんて案外そんなものではないだろうか? 少女漫画のキャラクター、或いは学生ならばともかく彼等は仕事をしている大人の男性だ。日がな一日好きな人のことばかり考えて暮らしている方が不自然であるに違いない。
島田荘司という作家は“人間”を書くのが巧いと思う。
だから――私などは逆に“彼の書く人間の些細な行動や言動には恐らく何らかの意味が含まれているに違いない”と色んな描写を疑ってしまうのだ。
「戻ってくれ」
「俺には君が必要だ」
離婚してから十数年という時を経て竹史が通子にはっきりとこう言った時、(結果断わられはしたものの)私は彼を男らしいと思った。
潔にも頑張って欲しいものだと願わずにはいられない。
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